日本との国交が深いトルコ

写真のボスポラス大橋は日本の大成建設が建造したアジアとヨーロッパのかけ橋です。

トルコ共和国はアナトリア半島から東ヨーロッパの端、
そしてアジア人の西端に位置しています。

そしてトルコ人は10世紀頃から中央アジアを経由
しながら民族移動を行い中で様々な王朝が建てました。

その歴史的背景からトルコは
多様な民族、言語、宗教、文化が混沌と
された非常に奥深く、興味深い国でもあります。

中部アナトリアでは高原地帯の中に
豊かな自然が広がります。

紀元前18世紀頃築かれた、ヒッタイト古王国の都
ハットゥシャシュの遺跡。

ヒッタイト時代から貿易ルートとして
栄えたカッパドキアでは、大奇岩地帯の
壮大な景色が広がります。

またカッパドキアではには4世紀頃から
住み始めたキリスト教徒が残した地下都市、
教会などが数多くあります。

ルーム・セルジュック朝時代の首都だったコンヤでは、
イスラムの文化において芸術学問が繁栄し

その面影が現在でも強く残っております。

イスラムの象徴でもあるジャーミーや神学校では
美して繊細なイスラム美術の傑作品の痕跡を
たどる事が出来きます。

南東・東アナトリア地方ではネムル-ト
山の山頂にそびえ立つ巨大な神像
(紀元前1世紀コンマゲネ王国の遺跡)や

旧約聖書預言者アブラハムゆかりの場所や
ノアの箱舟が漂着したと言い伝えられているアララット山、

トルコでもっとも大きいといわれている湖、
ワン湖に浮かぶアフトマル島には
915年頃建てられたアルメニア教会がそびえ立ち、

非常に神秘的な光景が広がる土地です。

内陸とは対照的なエーゲ海、地中海地方では青い海、
白い砂浜、オリーブ畑が広がりトロイ、エフェスベルガモン、
レトゥーン、アスペンドスなど

他多数のギリシャやローマの古代遺跡が
至る所に残されています。

東西文明の接点とも言われるイスタンブルは
紀元前7世紀頃ギリシャ都市国家ビザンティオンに始まり、

ローマ帝国時代、東ローマ帝国時代を経て
1453年にオスマン帝国の首都になりました。

その為イスタンブルにはローマ時代から
オスマン帝国に至る様々な文化の
痕跡・遺跡が残されています。

現在は高層ビルが立ち並び
近代的な一面も見られますが、

長い月日の中で築かれた歴史都市イスタンブールは
人々を永遠の虜にする活気と魅力で満ち溢れています。

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